東京地方裁判所 昭和63年(ワ)505号 判決 1989年2月10日
原告
佐久間励
被告
西尾功
主文
一 被告は原告に対し、七二四万四三一二円及びこれに対する昭和六三年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金二五三四万五六九〇円及びこれに対する昭和六三年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生(以下、次の事故を「本件事故」という。)
(一) 日時 昭和六〇年九月二〇日午後二時三五分頃
(二) 場所 神奈川県平塚市北金目一九七六番地三先
(三) 加害車両 被告運転の大型貨物自動車(以下「被告車」という。)
(四) 加害車両 原告運転の自動二輪車(以下「原告車」という。)
(五) 態様 反対方向に走つていた原告車と被告車が衝突した。
2 責任原因
(一) 被告は被告車を自己のために運行の用に供していた。
(二) 被告はセンターラインを越えて走行した過失によつて本件事故を発生させた。
3 原告の受傷、治療経過、後遺症
(一) 傷害の内容
肝臓及び脾臓破裂、右腎挫傷、肋骨骨折、血胸、骨盤骨折、左股関節脱臼、両下腿開放骨折、右足関節脱臼骨折
(二) 治療経過
東海大学病院に昭和六〇年九月二〇日から昭和六一年五月八日まで(二三一日間)、同年六月一八日から同年七月二三日まで(三六日間)、昭和六二年九月三〇日から同年一〇月一四日まで(一五日間)入院、同病院に昭和六〇年九月二〇日から昭和六二年八月八日まで通院(通院実日数三〇日)
(三) 後遺症
疲労感、肝臓障害、脾臓摘出、左足部関節可動域制限。後遺障害別等級は七級に相当。
4 損害
(一) 治療費 二四一万七一〇六円
(二) 入院雑費 二八万二〇〇〇円
(三) 交通費 三七万六九六四円
(四) 後遺症による逸失利益 一九一九万五九二〇円
原告は昭和四〇年四月一日生まれ、本件事故当時大学生であつたが、昭和六二年四月に株式会社カメイの社員として採用され、その給与は月額一四万九七〇〇円であるが、将来ともに通常人同様の勤務が継続できるという身体的保障は全くない。よつて、月収の約一六か月分に相当する二四〇万円を年収とし、右年収を基礎に労働能力喪失率一〇〇分の四五とライプニツツ係数一七・七七四を乗じて逸失利益を算出した(なお、原告の昭和六三年における年収は二九六万一〇〇〇円であり、これを基礎にして労働能力喪失率を一〇〇分の五六(後遺障害別等級七級相当)として算出すると逸失利益は二九四七万二一三五円となる。)。
(五) 入通院慰藉料 三〇〇万〇〇〇〇円
(六) 後遺症慰藉料 六〇〇万〇〇〇〇円
(七) 物的損害 七七万三七〇〇円
原告車は本件事故により全損したのでその購入価額。
(八) 弁護士費用 二〇〇万〇〇〇〇円
(九) (一)ないし(八)の合計 三四〇四万五六九〇円
(一〇) 損害の填補 八七〇万〇〇〇〇円
(一一) (九)-(一〇) 二五三四万五六九〇円
よつて、原告は被告に対し、損害金二五三四万五六九〇円及びこれに対する事故発生の日の後である昭和六三年二月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2のうち、(一)は認め、(二)は否認する。
3 同3のうち、原告が本件事故により傷害を負ったことは認めるが、その余は知らない。
4 同4のうち、(一〇)は認め、その余は知らない。
なお、脾臓摘出によつては逸失利益は生じない。
三 抗弁(過失相殺)
本件事故現場道路は幅員六・五メートルの二車線道路であり、被告車走行方向へ左から右へいわゆるS字型カーブとなつている。そして右へカーブする手前に寿司屋がありその前の道路上に自転車が駐輪してあつた。この付近の制限速度は四〇キロメートルと規制されていた。
被告車は時速三五キロメートルで進行し、駐輪自転車があつたことからセンターラインを少し(〇・八メートル以下)はみ出していた。右寿司屋の手前で前方を見ると対向方向から原告車が六〇キロメートル以上の猛スピードで自車線の方へふくらんで走つてくるのが見えた。そこで被告は直ちに急制動左転把の措置を採つた。しかし原告車は自車線に戻つたものの転倒し、転倒したままスリツプし対向車線(被告走行車線)に進入し被告車前部右角付近に衝突してきたものである。
以上のとおり、衝突地点が被告車線内であること、原告車が速度超過していたこと、運転操作の誤りで転倒したこと等安全運転を怠つた過失は重大であって、大幅な過失相殺がなされるべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁の事実は争う。
本件事故は、被告車が漫然道路右側部分に進出して(センターラインのはみだしは少なくとも一メートルは越えていた。)進行した過失により反対方向から正常に走行してきた(本件事故現場にさしかかる際、安全にカーブを曲がれる速度まで減速していた。)原告車が急制動急転把の止むなきに至らしめて、発生したものである。
第三証拠
証拠は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。
理由
一 事故の発生(請求原因1)は当事者間に争いがない。
二 責任原因(請求原因2)、過失相殺(抗弁)
1 請求原因2(一)は当事者間に争いがない。
2 同(二)(被告の過失)について検討する。
(一) 成立に争いのない乙第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証の一、二、第六号証及び第九号証並びに原告本人尋問の結果(後記信用できない部分を除く。)を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 本件事故現場は鶴巻方面と泰野県道方面を結ぶ道路上であり、右道路は幅員六・五メートル、片側一車線で中央線が引かれ、道路両側には幅〇・五メートルの側溝があり、最高速度時速四〇キロメートル制限と、センターライン右側部分へのはみだし禁止の規制がなされていた。本件事故現場は泰野県道方面から進行すると左カーブに続いて曲線半径五〇メートルの右カーブがあり(以下、この右カーブを「本件カーブ」という。)、しかも本件カーブ付近の道路右側にはブロツク塀、高い樹木、建物等があるため、同付近の両方向からの互いの見通しはいずれも不良であり、そのために本件カーブの位置にカーブミラーが設置されていて、右カーブミラーを使えば対向車を確認することは可能であつた。
(2) 被告は被告車(長さ七・五八メートル、幅二・四九メートル)を時速約三五キロメートルで運転し、泰野県道方面から本件カーブに近づいたが、本件カーブの約三〇メートル手前の道路左側にバイク店があり、その店頭にバイクが陳列され車道上にも少しはみ出していたため、被告車右側部分をセンターラインから約一メートルくらい右側にはみ出して進行し、さらに本件カーブの直前の道路左側にある寿司屋の前の路上に自転車が駐輪されていたため、右側にはみ出したまま進行し本件カーブにさしかかつたところ、前方に鶴巻方面から原告車が原告車進行車線(被告車の対向車線)を進行して近づいてきているのを発見し、危険を感じて左に転把し急制動をかけ、被告車を自車線内に戻したが、被告車が停止する前に被告車進行車線に進入してきた原告車が衝突した。被告は本件カーブに近づくに際して、カーブミラーを見て前方の対向車の確認をすることはしていなかつた。
(3) 原告は鶴巻方面から泰野県道方面に向け時速約六〇キロメートルで原告車を運転していた。原告が本件カーブ手前で若干減速して自車線中央付近を進行して曲がり始めた時、前方に泰野県道方面から被告車がセンターラインを越えて進行してきているのを発見し、危険を感じ慌てて急制動の措置を採ったが、転倒し、滑走して対向車線に進入し被告車右前部に衝突した。
(二) 原告は(一)の認定に対し、被告車は時速五〇キロメートル以上で本件カーブにさしかかつた旨主張し、また原告車は本件カーブ手前で時速三〇キロメートルに減速していた旨供述する。しかし、前掲乙第四号証の二によれば、本件事故現場に被告車の制動痕が残つておりその長さは八・五メートルであつたこと、制動痕の終点は側溝付近であり右終点から被告車がさらに進行することは不可能であるから被告車は制動痕の終点で停止したものであることが認められ、そうすると被告車の速度は前記のとおり時速約三五キロメートルと推認できるのであり、原告の主張は認めることができない。また、前記事実によれば、仮に原告車が時速三〇キロメートルで走行していたとすれば、被告車がセンターラインを越えていたとしても、原告にとつて本件カーブを曲がることは容易であつて原告が危険を感じ急制動の措置を採ることもないと考えられるうえ、前掲乙第六号証によれば、原告は本件事故直後は原告車の速度を時速六〇キロメートルから少し落とした程度と供述していたことが認められるのであり、原告の前記供述は信用することができない。
(三) 見通しの悪いカーブで、しかもセンターラインはみだし禁止の規制がなされている区間では、運転者は前方の安全を確認したうえ自車線内を進行すべき義務があるにもかかわらず、被告は(一)で認定したとおり、前方の安全を確認不十分のままセンターラインを越えて一メートルほど対向車線にはみだして進行したため(被告車の車幅と道路幅員によれば、前記事実を前提にしても被告車が自車線内を走行することが可能であつたことが認められる。)、原告に急制動の措置を採らせることとなり、そのために原告が転倒し、滑走して本件事故が発生したものであるから、被告は本件事故発生につき前記義務違反の過失があるというべきである。
3 他方、運転者は制限速度を遵守したうえ適切な運転操作をして走行すべき義務があるのに、原告は2(一)で認定したとおり、本件事故現場が見通しの悪いカーブであるにもかかわらず、制限速度を超える時速六〇キロメートルを若干減速した程度の速度で進行したため、急制動の措置を採ることになり、その結果転倒、滑走して被告車と衝突したものであるから、原告にも速度違反、運転操作不適切の過失が認められる。
原告、被告の双方の過失の内容、とくに被告車が大型車であること、本件事故が原告が慌てて急制動の措置を採つたために起きたという原告の操作の誤りによるところが大きいこと等を考慮すると、過失相殺として原告の損害額から三五パーセントを減額するのが相当と認められる。
三 原告の受傷、治療経過、後遺症(請求原因3)
原告が本件事故により傷害を負つたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一〇、第一二、第一九、第二〇及び第二三号証、原本の存在と成立に争いのない甲第三ないし第五、第一一及び第二二号証並びに原告本人尋問の結果によれば次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
1 原告は本件事故により、肝、脾破裂、右による大量出血、肋骨骨折、血胸、骨盤骨折、右股関節脱臼、両下腿開放骨折、右腎挫傷の傷害を受けた。
2 原告は右傷害の治療のため東海大学病院に昭和六〇年九月二〇日から昭和六一年五月八日まで入院して(二三一日間)、脾臓摘出手術、輸血、右下腿開放骨折に対する手術等の処置をされた。右入院中に術後肝機能障害が出現した。原告は同病院に同月二一日から同年六月一六日まで通院し(通院実日数四日)、同年六月一八日から同年七月二三日まで入院した(三六日間)。さらに原告は同病院に同年八月一日から昭和六二年八月八日まで通院し(通院実日数一六日)リハビリ等をした後、昭和六二年九月三〇日から同年一〇月一四日まで入院して(一五日間)右下腿のプレートを抜去し、同病院に昭和六〇年九月二〇日から昭和六二年八月八日まで通院した(通院実日数三〇日)。
3 しかし、原告には、脾臓喪失、肝機能障害(昭和六三年九月の検査でGOT九〇、GPT二〇〇各付近)、両足関節の伸展屈曲制限(同月の検査で足関節背屈他動右一〇度、左マイナス五度、同底屈他動右五〇度、左五〇度、膝屈曲他動右一五〇度、左一四〇度、同伸展他動右〇度、左〇度)の後遺症が残つている。
四 損害(請求原因4)
1 治療費 二四一万七一〇六円
前掲甲第一〇号証、成立に争いのない甲第九号証並びに原本の存在と成立に争いのない甲第六ないし第八号証及び第二四ないし第二六号証によれば、前記治療のために合計二四一万七一〇六円を要したことが認められ、右は本件事故による損害と認められる。
2 入院雑費 二八万二〇〇〇円
入院雑費は、二八万二〇〇〇円(一日一〇〇〇円、二八二日間)が相当と認められる。
3 交通費 〇円
甲第一五号証には昭和六〇年九月から昭和六一年四月までに東京から厚木までの高速道路料金、ガソリン代等として合計三七万六九六四円を要した旨の記載があるけれども、右期間は原告が入院中であるから右交通費が支出されたとしても原告自身の交通費ではなく、その他右交通費が本件事故と相当因果関係があるものであることを認めるに足りる証拠はないから、本件事故による損害としては認めることができない。
4 後遺症による逸失利益 九六七万二九六〇円
原告には前記の後遺症が認められるところ、前掲乙第六号証、成立に争いのない甲第二一号証及び乙第一〇号証並びに原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一三号証によれば、原告は昭和四〇年四月一日生まれで本件事故当時大学生(東海大学文学部)であつたこと、昭和六二年四月にカメイ株式会社(石油販売業)に入社し営業の仕事をしていること、同年中の給与月額は約一五万円、翌昭和六三年中の給与月額は約一七万円であり、賞与は約五か月半分出ていること、入社以来の給料は同期入社者と同額であること、しかしながら原告は前記の後遺症により疲労しやすく、正座もできず、また飲酒やスポーツができないため、仕事に対する支障があり、勤務していく上では通常の者より努力を強いられていること、脾臓はその役割に不明な点が多く、摘出しても他の器官により代償されるので著名な脱落症状を招くことはないこと、以上の事実が認められる。
右各事実を総合して考慮すると、原告は前記後遺症により、二二歳(昭和六二年四月)から六七歳までの四五年間にわたり年間収入三〇〇万円のうち二〇パーセントに当たる金額を得ることができないものと認めるのが相当であるから、年五分の割合でライプニツツ方式により中間利息を控除して(係数は一七・九八一〇から一・八五九四を控除した一六・一二一六)算出した本件事故発生時(原告二〇歳)の現価九六七万二九六〇円が原告の逸失利益であると認められる。
(計算式)
三〇〇万〇〇〇〇×〇・二×一六・一二一六=九六七万二九六〇
5 慰藉料 一〇五〇万〇〇〇〇円
原告の傷害の内容、程度、入通院期間、後遺症の内容その他諸般の事情を考慮すると、慰藉料は一〇五〇万円(入通院分につき二五〇万円、後遺症分につき八〇〇万円)が相当と認める。
6 物的損害 六五万七六四五円
原告本人尋問の結果並びにいずれもこれにより真正に成立したものと認められる甲第一八号証の一及び原本の存在と成立が認められる甲第一六号証によれば、原告車は原告が昭和六〇年四月に車両本体に装備を付けて七七万三七〇〇円で購入したものであつたところ、本件事故により全損したこと、原告車の本件事故当時の価格は購入価格の八五パーセント程度であつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないから(乙第一三号証の一、二は車両本体だけの、かつ購入時から一年後の価格が記載されたものであるから採用することができない。)、原告車全損による損害は七七万三七〇〇円の八五パーセントに相当する六五万七六四五円であると認められる。
7 1ないし6の合計 二三五二万九七一一円
8 過失相殺(7×(一-〇・三五)) 一五二九万四三一二円
9 損害の填補 八七〇万〇〇〇〇円
損害の填補として八七〇万円が支払われたことは当事者間に争いがない。
10 8-9 六五九万四三一二円
11 弁護士費用 六五万〇〇〇〇円
弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟のために弁護士を委任したことが認められるところ、認容額その他の事情を考慮すると被告が賠償すべき弁護士費用は六五万円が相当と認められる。
12 10+11 七二四万四三一二円
五 結論
以上の次第で、原告の請求は七二四万四三一二円及びこれに対する事故発生の日の後である昭和六三年二月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中西茂)